はしがき




どうぶつ達が、人の姿となり、『好きなひと』と会える場所。

それを、彼らは「『夢』の世界」……と、呼んでいました。



宇宙からやって来た、真っ白なうさぎの、りのんちゃん。

りのんちゃんの、いつも傍に居る、お餅のような犬の、ケン。

そして、ふたりにとって、ちょっぴり特別な……女の子みたいな、れの。



『夢』の世界は、りのんちゃんの作った遊び場。
夜毎、三人は、その世界の中で、遊んだり、お喋りしたり。



けれど、ある時ケンと共に、『夢』の鍵を、幾日も閉ざしたりのんちゃん。
それは、初夏の頃でした。そしてその『夢』の中は……一面の白銀!



細氷の散る、温かい夜の、はじまり。








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   序 幕

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『雪は、俺を嘲笑っているかのようだった』の回


俺を称える、夢のパレェドが行われた年の、次の年だった。

四才の、宇宙のうさぎの俺は、意気消沈していた。
だって、あのパレェドから一年半……幼心にすら身に沁みて分かる、なんの実りもない毎日が……ひたすらにぐるぐると廻っていたから。

しぐれみたいな雪が、その日はショボショボと、一面グレーな空を濡らしていた。水分を多く含んだ雪は地面に落ちては、靴の先から染みてきて、つま先がその冷たさにジンジンと痛む。
頬が、ひんやりする……。今朝は雪が降ったので、外へと出てみたのだが……思った感じと違ったのだった。
お城の前に、雪は、ボトボトと積もっていたが、既に誰かに踏み荒らされ汚れて斑に泥を含んでおり、雪うさぎや、雪だるまは、作れそうになかった。

そもそも、この星に於いて、雪うさぎや雪だるまを作れた冬というのは、未だかつて無い。雪うさぎを作れる雪というのは、俺が、書物の物語の中で見た雪だ。物語の中の雪は、冷たそうなのに不思議と温かそうで、フワフワしていて、こんもりと積もっていた。それとは対比するような、こんなシャバシャバな雪で、かわいいうさぎを作れてたまるか。
ベショベショな雪は、雪うさぎすら作れない俺を、空からビタビタと降り続けて、足元は悪く、俺は遂に靴を滑らせて尻餅を着いた。地面に着いた指先が冷える。雪は、まるで俺を嘲笑っているかのようだった。


俺は、三才になった時、王子様となったのではなかったのか……?
あの煌びやかな祝いの夜は、何だったのか? 三才のパレェドは、俺の誕生日の七月という初夏なのに、妙に肌寒い夜だったが……あの日だけは、暖かい服があった。


……逆を言うと、その日以外に、俺には暖かい服は無かった。

だから、あの暖かい服を着たあの夜は、父さんと母さんから、『愛』を……得られたと、俺は思ったのだが。
『パピー』と『マミー』という呼び方は、今いる此処、日本という国の言語ではなく、地球の異国語であると……優しい、れのが、教えてくれた。ケンは、そんなこと、教えてくれなかったのに!

まぁケンは、ある意味、俺の言動、全肯定。
俺の犬なので、それで大変よろしい。が、こういう時は困るということも有るものだ。
何しろ、俺は、宇宙からこの惑星の日本へ来ていて、言語の学習すらも途中なのだから。



俺は、『りのんちゃん』。

ケンから貰った名であり、今の俺は、それ以上でもそれ以下でもない。ましてや、地球在住もそこそこ長くなったので宇宙人でもなく、今は、王子様ですらない。


宇宙人? 王子様? 何のこと? そんな人へ、わざわざこの俺が、少し話をしようか。

元々の俺は……地球からそう遠くはない、ごく小さな惑星・『ビリノン星』からやって来た。『ビリノン三世』。
祖父母より前の世代は、惑星間戦争で死んだ。しかし、その一族は、大変に胸糞悪かったので、『ビリノン』という名は、もうこちらから捨てたのだ。
『パピーとマミー』……もとい、父と母というのは、長いこと、俺の尊敬する偉大な人物だったが……その実は、地球のメンバーに教わったことだが、俺が知らないだけで、本当は相当にヤバい奴らだった。
父母、二人の、夫婦喧嘩の小競り合いが元で、俺の星は、一瞬で粉々になっちゃった。
元から酷かった二人の諍いが、その夜は尋常でないので……這這の体で、手元にあった四次元的な袋に、なんでも詰め込んで、取り敢えずひとりで星を脱出したが、その時、星は爆発。


みんな、死んじゃったよ。小さな星だ、大して、大勢のうさぎの人々も暮らしていなかったけど。

王子様って言ったって、俺ひとりが、生き残っても仕方が無い。オマケに、乗っていた飛行機(地球から見ると、未確認飛行物体とか、言う。)が、故障寸前になり、地球の、関東の山奥へと、落っこちた。

その先の話は……ちょっと、しようか迷うけど……、その時、俺は、瞳に星を宿した、ピンクのうさぎの女の子と、運命の出会いを果たした。
出会ったというか……一方的に、見ただけだけど。

俺はその、ピンクのうさぎの女の子を、躍起になって手に入れようとしたが、なんでだか今でも分からないけど、なんだかダメだった。
ピンクのうさぎの女の子は、結局、灯りちゃんとかいう、いまいましい奴に盗られた。盗られたというか、元々、そういう関係だったっぽくて、もうどうしようもない。
地球のメンバーは、その後……それぞれに思うところあったらしく、それぞれの道を行ったが、もう俺の居場所など、地球にだって宇宙にだって、どこにもありはしなかった。



地べたで泣いていた俺に、唯一、声を掛けたのは、ケンだった。


「お星さまの絵を消したら、なんだか寂しくなっちゃいましたね。わたしのスカーフをあげましょう。りぼんに結んだら、かわいいですよ」

宇宙うさぎの俺の、お腹に描かれてた母星の星と月のエンブレム……これ、タトゥーじゃなくて実は、ただの、ペイント。
だから、星と決別すると決めたので、絵を落としてしまった。
「……」
いきなり話しかけるので、憮然として押し黙った俺に、深い蒼い色のスカーフを、りぼんの形に巻いて、真ん中を星のゴムでくくって……ケンはニコニコ笑った。
「こうなることが、私には薄々分かっていました。だからあの時……言ったんです。もう一度、言います、。お友達になりましょう」



犬のケンから最初に、『お友達になりましょう』を言われた時、俺は激怒した。だって、ケンは、俺に、王子様である、この俺に(今は王子様じゃないけど!)


「あなたは、寂しいのではないですか? 」


……とも、言った! そんなこと、誰からだって、言われたくなかった! 今迄、生きていて、初めて、凄まじい侮辱を受けたと感じた!




……だって、それは……本当のことだったから。




四才の、傘も差していない俺に、みぞれのような雪が降りしきる。「しんしんと降り積もる雪」という言い回しが地球にあると後に学習したが、そういう静けさのような侘び寂びは、感じない雪だった。
母星に降る雪は、いつも暗く広がる雲を引き連れ、俺を馬鹿にするように体を芯から冷えさせ、それは、心にも、強く、重たく、伸し掛かる。
俺は……『パピーとマミー』と一緒に居て、いつも幸せだと思うようにしていた。愛されていると。こんな幸福はないと。

そして、俺は、ここからどこかへ行くことは、出来ないと……。


三才の、俺の戴冠式のパレェドの夜は、幻想的な光と音に包まれ、惑星の民が皆、俺を称えていた。いつまでも、この光が続きますように……そう、願ったが、その願いも、エネルギーも、翌年には呆気無く、尽きていた。


俺は、疲れちゃったんだ。ほんの子どもだったのに。
『パピーとマミー』のこと、暗く重たい日々のこと、後に王となるという運命のこと……全てが……俺の力を奪う。
だんだん体を動かすことが億劫になっていって、部屋に居る日が増えた。


そういう日は、天井の細かな細工と、ホンワカしたシャンデリアの灯りを仰向けに見ながら、パレェドの行列を思い出した。少し、こころがキラキラとした気がしたよ。



ケンは、初めて『夢』で俺に会った時、俺にこう言った。
「私は、ケンといいます。あなたの、三才の戴冠式のパレェドを、五才の時に夢で見ました」


絶句した。なんだ? この、骨と皮みたいな、気持ち悪いダウナーな、奴。目付きもヤバいし。
痩せすぎてて、服が合ってないのか、なんかガバガバな格好してるし、ここが夢とは言え、靴は履いてないし……白い髪に滑稽なピンクのメッシュ、紅い睫毛に、瞳だけが獣のようなトパーズ色に、俺を見つめて妙にきらきらとしていた。
さっき言ったけど、コイツは、俺に初めて出会った時、「あなたは、寂しいのではないですか? 」とも言った。どちらも、俺には、許し難かった。

三才のパレェドは俺の、そう、人生のハイライト! 一瞬の輝き、ひと時の喜び! こんな奴が、『夢』であろうと、紛れ込んで良い筈がない!

 
俺は、その時、ケンを殺そうとした。


だけど、結局……そんなの、口だけさ。殺せなかったんだ。
そんな気力が、とうに無いんだよ。人を殺すなんて、そりゃもう凄いエネルギー。もう、どうだって良かったんだ……。疲れてしまった。




すったもんだあって、地球のメンバーが、それぞれに旅立った後……俺はただ、地球の原宿とかいう土地のアスファルトに座って、泣いていた。悲しくて、どうしたらいいか、分からなくなっちゃった。
胸には、ケンの結んでくれた、星のりぼんのスカーフがあった。
ケンは、その間、ずーっと俺の隣に立っていた。

「王子様業も、廃業されたことですし、私と旅をしませんか? なに、関東ら辺を、彷徨いているだけでも、楽しくリーズナブルで、気も晴れますよ」
「……」
「それに、今なら犬のケンのオマケ付きです。わぁ〜楽しそうですね〜」

よく、分からなかった。その日は、夜眠らなかった。涙だけが無機質にポロポロ落ちて、地面へ幾ら零れ落ちても止まる様子もなかった。
ケンは、やっぱり隣に立っていてくれた。それに、俺に、触ることはなかった。どんどん暗くなっていく『原宿』の、ネオン看板とかいう洒落臭い安っぽい灯りが、俺の涙に映って消える。

「お友達になりましょう」

……こいつ、しつこい奴。ニコニコ笑って、ケンは言った。
俺は、胸が苦しくて、焼き切れそうで、四才のあの日、みぞれの雪であったのか、悲しい涙であったのか、もはや分からないように顔を濡らしたことを思い出した。
「……やっぱり、なってやらない、こともない……」
「わぁ☆ ありがとうございます。じゃあ、お友達ですね!」




そうして、今、ケンの傍に居る。

ただ、俺は、忘れない。俺は、七色のパレェドで称えられもしたが……白とグレーに支配され、どうしようもない雪と地面に挟まれて、とても、惨めで辛かったという痛烈な幼少の体験を。





俺にとって、雪とは、温かくは、ない。