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第三回:

『ケン、あらゆる意味で
助けてくれ!』の回

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ケン、あらゆる意味で、助けてくれ!

思ったより、俺一人では、自分が自分で居られないようだ……。




俺の恋人であり下僕である、犬のケンが、謎の書き置きをしたまま俺とれのの前から姿を消してから、一週間が経過しようとしている。
これでは……恋人と言えるのか?下僕と言えるのか?地球の常識は、まだ概要しか理解できていない。


「りのんちゃん〜昨日ケンに送った、れのアンドりのんちゃんズの、キワドめな立体映像、やっぱ既読スルーされてるの〜。あ〜あ、あんな、すぺしゃるえちえちな動画を……ひとこと感想も無いなんて、勿体無いの……。もう、諦めた方がいいの〜。ケンはもう、悲しいことに、りのんちゃんには飽きちゃったの!」
ここは、今夜の『夢』の中。ピンク色から白のグラデーションがかかった淡い空色に小さな星たちが輝き、虹色の風船が沢山、遠くへ飛んでゆくのが見える。
この空は、適当に創った。背景には、城も置いてみた。れの曰く、この城のデザインは地球の姫様の、暮らす城……とのことだ。俺の住んでた城と、かなり違うな……。

れのは、ふわふわ紫陽花パニエがくしゃくしゃになるのも構わず……仰向けに転がって、『たまホ』を観ながら、俺からしたら謎の形状の、まぁるい靴をジタバタさせている。

 
この星の住民は、どうぶつ・人問わず、『たまホ』とかいう卵型の通信端末を一人一台、必ず所持している。主に音声や立体動画映像でのやり取りをしたり、時には自分の体調やスケジュールの管理を行う媒体にしているようだ。俺は、支配層の人間であるから……(まぁもうやめたから、元、だけど……)、人民がそんなにも、便利で、そして危険なものを……必ず持っているのであれば、各々の端末に、思想を誘導するメッセージや音声などを流して、洗脳し、俺という存在を主体としたコミュニティを作る……というのもやぶさかではない、等と、想像をしたりする。だがこの星の支配層は、平和を信仰しているのか、それともただ気が回らないなのか、今のところそういった、人民にとっての非常事態には至っていないようだった。れのは、たまホを使って、なんとかチャンネル……とかいう動画配信サービスに、自分のプリティさがいかにファビュラスか……という動画を、自分で一生懸命撮って、毎日毎日この星の全世界へバラ撒いている。
それこそ、れのと出会った最初の頃は。
「みずいろうさぎはとっても珍しいから、りのんちゃんも、れの・チャンネルに登場するべきなの〜映えに映えて、視聴者特大獲得なの〜運命はそう決まっているの〜!」
……と、しつこく迫られたが、俺というみずいろうさぎは、珍しいもなにも、実は、宇宙のうさぎ。これは、秘密だ。

その秘密を、訳の分からん動画サービスなどに集う底辺層に、知らせる必要はない。みずいろうさぎが、『映える』というのは、まぁ、言われて悪い気はしなかったぜ。


まぁとにかく、そのたまホを使っても、この一週間……ケンとの連絡は一切、取れなかった。
謎の書き置きはメモの切れっ端で、「少しの間、お留守にします。何日か、居ないかもしれませんよ。よしなに〜(犬の手型のマーク)」としか書かれておらず、横には申し訳程度に、ばぁちゃんゼリーが置いてあった。ばぁちゃんゼリーは、色は赤で、食べたら少し甘酸っぱい味がした。苺とかいう実の味に似ていた。……寂しい味だった。


なんと、その一週間……夜の『夢』の世界にも、ケンは現れなかった。おかしい。
『夢』では、『好きなひと』に会えるんだぜ?それが、『夢』の、ほんとう。



『夢』の世界は、俺が創った。

だって、生きている世界は、嘘ばかり。母星のパピーやマミーは、紛れもない実の親だが、俺を愛さない。友達の一人も居ない俺には、いつまで待っても友情なんていういう気持ちは起こらない。俺の育った星は、いつでも地球の夜のように薄暗くて、獣の横たわった影のような恐ろしい真っ暗闇の空には、輝く星もない。地面を覆っているのは全て、星のかたちの砂粒。踏むと、ざりざりと嫌な音がした。

地球に来て、『植物』とか『花』とかいう存在に、ビビった。強い生命体が、地表のほとんどを覆っているというヤバイ事態を、地球人(犬)のケンは、なんとも感じていなかった!
それどころか、旅を始めたばかりの頃によく言われたことがある。
「お花を踏んではいけないんですよ!」
……とかいう、謎の説教をされた。全く意味が分からなかった。

ただ、花というのは、よく見ると感じの良い形のものもある。それに、木や生垣という生命体に、俺にも食べることが出来る、食べ物が実っている場合もあった。これには助けられた。特に、地球に来て暫くは一人ぼっちだったし、マシュマロという白くてハートの形の菓子がフェイバリットで、よく木から、むしっては焚き火で焼いて食べていた。こげマシュマロは絶品だ。

 
話は戻るけど、『夢』の世界には、嘘は、ない。

あの、嵐のような出来事の後に……取り残された俺と、ケンは『お友達』となり、しかしその次の2日目の夜には、俺はケンに言った。
「ケン、知ってるか?『夢』では、『好きなひと』に会えるんだぜ」
「知ってますよ。当たり前じゃないですか〜、その下り、別のお話の時に、散々やりましたからね!」
呑気な顔で、そう言った。ちょっと、心がドキドキしたけど、思い切って伝えた。


「そうか。じゃあ、今夜、『夢』で……待ってるから」


「えっ?」
「……今日は、あっちで寝る」

その時は、思わず逃げてしまったけど……結論、その日の『夢』で、ケンと、会えた!



今迄、『夢』の中では、見た目から明らかに宇宙から来た……っぽい、地元の姿で居た俺だったけど……ケンと『お友達』となって、これから地球で暮らすのであれば、『夢』の姿も変えるのは、まぁクール。
「随分……変わったように、見えますが。なにか、ありましたか」
俺の、新しい姿を見たケンは……一生懸命に押しころそうとしているが、ウキウキとしているのが伝わってきて、なんとも嬉しそうに見えた。
それはそう。ケンの、好みそうな、姿にしたから。要領は、ピンクのうさぎのあの子を、俺の好みの姿にした時の以下略。
ケンから貰った首元の青いスカーフは、そのまんま巻いてるし、何なら頭にも巻いている。これは、前に闘った、強めギャルとかいう人種が、似たようにしていたから真似た。強くなるかも。整形までする気はなくて、顔の中身は、全く一緒だが……ケンは、俺の顔も好きだったんだな。まぁ……顔まで変わると、俺も困る。……というか俺は、もしも姿を変えようとこうして念じれば、もっと……ケンの好んで暮らしている『日本』という国の、古い装束っぽいのが……出てくるかと思ったら、衣装も以前の俺の『宇宙です』って雰囲気な服と、ちょっとしか違わなかったから、意外だった。ケンは、元々の俺も、かなり好きだということかな。許す。

素朴な疑問に思うのは、人となったケンや、れの、そしてそれから『夢』に紛れ込んだ他の連中を見て少し思ったことだが……この星の人間は、基本的に……何だか平たい靴を履いている。靴のヒールは、いざとなれば武器にもなるのに……。ケンの靴(なのか?)は、素足の部分が剥き出しで、防御が低くて訳が分からない。
あと、れのの靴は、さっき言ったけど、丸い。


「お前の好みに、姿を変えただけ」
「それは、それは」


……薄らニコニコしながら、いきなり……距離が近い。肩に、回された腕。ケンは、基本的に誰にでも物理的に距離が近くて、凄く至近距離でグイグイ話すから、他のやつに怒られた場面も見たが、これは、そういうアレじゃない。そう、これは、そういうアレじゃなくて、別のアレ。
俺から、『夢』に来て欲しい……という告白をしたが、実にたった二日で、『お友達』は、終わりを告げるのだ。
「コレは……、こういう時には、取らなきゃ、ですよね?」
ケンは目を細めて笑いながらそう言って、俺の、星のヘアピンに、細長い人差し指を掛けた。
「触るな。……自分で外すから、いい」

星のヘアピンは……ピンクのうさぎのあの子から、プレゼント。

まぁ……正確に言うと、プレゼントではない。ユニコーンという幻獣に似た、あの忌々しいやつの出した炎で、俺の前髪が、燃えちゃったから。
優しいあの子は、言っていた。
「女の子のつけるやつだけど、ごめんね。灯りちゃんが、ごめんね」
このことを思い出すと、強く刺すような痛み。やたら感傷的になって、今でも酷く心掻き乱される。


でも、今日の夜に、このヘアピンは、要らない。

地球の人間が、どのように愛を伝え合うか、学習して知っている。俺の星の常識と、だいたい同じだった。
ケンは、俺相手に、手荒なことを絶対にしない。だから、大丈夫。だからこれは、強がりなんかじゃない。

ケンの言う、愛情とやらを、見てやろうじゃん。だいたい、雑種の犬相手に、せっせとなにか施したり、ヘコヘコと腰を振ったりしたくない。


俺のわがままで、ケンをこれから、支配する。


大丈夫。


ケンの、触れたところが、燃えるように熱かった。
『夢』で起きることは、ほんとう。
目覚めても、無かったことになんか、ならない。お腹の中を、擦り上げられるたび、中に出されるたび、熱かった。
地球の人間って、体温がこんなにあるんだって、今まで知らなかった。

俺の身体は冷たいけれど、ケンがそれを、なにか言うこともなく自然に受け入れたので、心の中で、嬉しかった。




「ケンが居なくなっちゃったのは、りのんちゃんが悪いの〜。りのんちゃんが、いつまでも、ケンからの無償の愛のぱわーを無限に吸ってばかりで、一向に、恋の泥沼になる気配がないの。ケンを今にも奪っちゃいそうな、れのという格好の邪魔者まで出現したのに、さんぴーになっただけで、まったく刺激が無いのです」
「逆に、いいじゃん。なんで?」

れのが不機嫌そうに言ったが、泥沼というのは、あまり良い言い方じゃないって学習してる。俺は、一人ぼっちで暇だったので、地球の言語や文化風習を自力で学習したんだ。頭良いだろ?
「りのんちゃん。前にも言ったけど……ケンは、お子ちゃまなの! 」
「なんで? 」
ケンって、スケこましだ。俺と『夢』で出会う直前まで、年上のお姉さんと、援助交際まがいのことをして日銭を稼いでいたとか、聴いた。れのから。俺には、そんな世界は分からない。だってさ、具体的に……どういうタイミングで、お金を貰うんだ?いつ、どう言って、その人の家を出ていくんだ? 全ては、雰囲気で感じ取るのか? ストイックな俺には、無理の世界だ。
「ケンって、『博愛』とか吹いてるけど、ただ単に人へ執着がぜんっぜん無いだけなの。全員を好きな人は、全員がどうでもイイって人と、同じなの。つまりね、りのんちゃんのコトも、どうでもイイってことなの。りのんちゃんを恋人って言ってるけど、ケンってね……身を焦がすような恋をしたこともない……どうにもならない感情に振り回されて、お脳を焼かれて痛い想いをしたこともない、ただの経験不足なの。思春期以下! なのよ! 」
れののお話が、ちっとも理解できなかったが……『りのんちゃんのことはどうでもイイ』の部分は、聴こえたし、意味分かった。
「なんで? ケンは、俺のこと好きだよ。そもそもケンの自由は、もう俺が掌握してるんだ。恋したかどうか? なんて、どっちでも良い」
ケンは、俺のこと愛してくれるし、一緒に旅をしている、俺の婚約者となろうれののことも、愛してくれるし、俺は特に困ってない。


「れのが困るの〜! ケンが、何もかも思い通りにならずに、地面をのたうち回って血反吐を吐いて苦しむ様が、早く見たい、見たい、なの! 本当に悲しいけど……れのには、ケンはなにをやっても恋しなかったの〜。ていうか、ず〜っとケンを見てたけど、他の誰にも、出来なかったのよ。ケンが恋をするとしたら、りのんちゃん、あなただけ! 」
れのが、地団駄を踏んで、怒ってる。普段は、口こそ悪いが、おっとり、ゆっくりとしているのに、珍しいな。

ケンが、恋をするのが俺だけ……なのは……なぜだ?


「りのんちゃんの、役立たず〜!ケンは、恒例の『もうあの方には、愛情はたっぷり与えられたと思います。私の存在は、不必要でしょう』の状態になってしまったの。きっとだから、謎の書き置きを残して、去ったの。こんなのって、つまらない! 期待をして、損したの〜! ぶっころすの〜! 」
れののお話の内容が、先程からよく分からないので、口が挟めなかった。そして、激怒のれのは、何やら……綺麗にネイルした、しかし短い指の、可愛い手のひらの中に、きらきらと光るものを俺に見せた。



「りのんちゃん…ううん、『ビリノンちゃん』。」
「……? なんだって……? なぜ、その名を……? 」
「ケンも戻らず余りにも退屈で、たまホで『のんびりちゃん』を、読んだの。死ぬほど読み辛いし、次々と、お脳みそぴんくのキャラばかり出てくるし、クソほど無駄な時間掛かっちゃったけど……りのんちゃんの、過去を見た」
なんだ?れのは、なにを、言っているんだ? 今まで見たことのない、冷たい瞳をして俺を見下げている。

「若き肉体を持て余すいたいけなうさぎの女の子を、エロ同人漫画もビックリ!な、卑怯臭い催眠状態に陥れ……おセクな真似をするとは、とんだ悪役レイパー王子なの。そんな悪行、れのだって戸惑うっつーの! 根っからの悪役・悪逆非道の、悪鬼羅刹なの〜! 」
「なんで、れのがその話を……? けど、おセクな真似は、していない! ちゅーしただけだ!」
「嘘つけ〜!べろちゅーしたくせに。れのはそれを、ほぼペッティングと見なすわ〜!そして、それ程の性的ポテンシャルを隠し持ちながら、れの達の前ではマグロかましてたのも、なんなの〜? 小憎らしいの〜。悪役王子は、名を変えて、地球で幸せになりました……とさ。……など、笑止千万なの。そんなの、平和的で、眠たくなっちゃうの! れのは、ケンの帰らないストレス解消の憂さ晴らしのためだけに、りのんちゃんを、私刑にかけるの……」


れのが、手に持っていた、きらきらは……まさか、俺の! 通称・『ズルいメカA』……催眠術の宝石!!


そう……あの宝石は、俺の星の、科学力の、正に結晶。俺には、実は催眠術の心得など無い。あの時の……催眠は、この石そのものの、科学的なパワーだ。

「れの、よせ、やめろ、それを返せ。その宝石のパワーは洒落にならない。それがあれば、どんな悪どいことだって出来るし……」
「キキキッ……! こちらにとっては都合の良いことを、勝手に、べらくちゃお喋りなの。りのんちゃんを罰した後には……そりゃあもう何人ものパパを、この石で催眠状態にして、沢山のお金を持ってこさせるの〜! お姫のようにちやほやされながら、一生を遊んで暮らすわ〜」
れのは、高笑いをした。


「……っていうか、りのんちゃん〜!りのんちゃんは、ケンのたった一人の星の王子様なのに、ケンに『恋』させることも、結局できなかったの!つまらないの〜。クソだるい!れの、そういうの一番きらいなの。と、いう訳で……。さようなら、宇宙のうさぎよ……」


れのは、急転直下の、あまりの事態に足がすくんで立ち上がれない俺の前に仁王立ちになり、手のひらの宝石を、俺の額にかざした。そして、魅惑のウィスパーボイスで子守唄のように、歌い出した。
「♪ りのんちゃんは〜、これから〜、そうね……『りのんちゃんの思う、最悪の目』に遭うの〜!♪」
「れの、やめて、やめ……」

……あれ……宝石の振り子から、目が、離せない。きらきら綺麗で眩しくて、なんか、俺の顔が三割増に良い感じに映ってて……なんだか、ずっと見ていたくなる……。

「♪悪役の、自滅エンドらしく……古式ゆかしく〜、ジャパニーズ・ヘンタイ的で、ポルノでおエロな目に、遭いなさい〜!」

あ、頭が、くらくらする……あれ……ここは、どこだっけ……? 今まで、なにをしていた……? 俺は……確か、俺の星が消滅して……?何も、思い出せない……頭が、割れそうに痛い!目の前が、真っ暗だ……。……なんだっけ?


「ヒッヒヒ……! 自らの空想の世界で、身も心もすべて、めちゃくちゃになっちゃうがイイわ〜。まぁ、具体的に何が起こるかは、れのは知らんけど!このクソ高値が付きそうな宝石は、義賊・れの様が頂くの。それでは、おさらば〜い☆ 」
目の前の、れのの姿が、うす〜くなって、消えちゃう……。だめだ……頭がくらくらして、立ち上がることも出来ない。フリフリのヘッドドレスの、ながーいリボンと、紫陽花のエプロンドレスを翻して、れのが、後ろ手に手を『ばいばい』って振りながら、くすくす笑って去っていく。待って。行かないで。


あ……れ?俺は……なにをしていた?俺は……誰だ?悪役王子?悪鬼羅刹?
 
俺の、大事な、ひとは……?『好きなひと』は?

なにもかもが、思い出せない!眼前に霧がかかったように、周囲の物が、輪郭を失っていく。あ……やばい。もう、だめかも。俺は、意識を、手放した。




ぴちゃん……ぴちゃ……。

水音が、小さく響いてくる……頭が、ずっと割れそうに痛い。俺は……今まで、何をしていたのだったか? 閉じていた目を薄く開けると、そこは、一つの部屋のような場所だった。否、これは、部屋ではない。ピンク色の壁面が、生き物のように脈動をして、蠢いている。壁も、上も。下も。
俺は……人の姿だ。手首を上に縛り上げられて、その異常な空間の中で、立ったまま拘束されていた。足は地面にかろうじて着いていたが、床?も、ピンク色でぐにゃぐにゃとしていて……それに、なんだか水っぽい。不気味で、薄暗く、不愉快だ。

「ここは……? えと……俺は……?」

水分を含んだ湿気た空間に、濃く甘い香りが立ち込めていた。
この香りはなんだ?呼吸をしているだけで、むせ返りそうになる。これ以上、この香りを吸ったら危険な気がした。けど、呼吸を止めることは出来ない。まるで犬のように……はぁはぁと肩で息をしていた。喉が渇く。
俺の腕を縛り上げているのは、乳白色の……蛇のような、べたべたと気持ちの悪い粘液塗れの、何かだった。
 

「……ぁ……!!」
その先を……ずっと辿って見ると……肉の壁の天井付近に、地球の、クラゲ……という、生き物に似た、巨大な母体が姿を現していた。楕円形で、花のような物体を咲かせた、ふよふよとした図体の、デカい本体っぽいものは……俺の腕を縛っているものと同じ乳白色の、無数の触腕を携え、俺にそれを見せ付けるようにユラユラと燻らしている。
なんだ……この空間は? この生き物は、何なんだ? 俺は、『夢』の中に、こんな部屋を創った覚えはない……。


呆然とするだけの俺に……その、無数の触手は、一斉に襲いかかった!
「ぐっ……!」
まず、首をぐるぐる巻きに絞められて、声を封じられた。その時に気が付いたが、もう遅かった……触手の表面から分泌している、薄いピンク色の粘液が、触れた部分の……服が、溶けている!
脚は……靴は履いている!俺は、四方八方から襲いかかる触手に、蹴りで抵抗しようとしたが、放ったキックは宙を切り、逆に、脚も絡め取られて、つま先から内腿まで……ずるずると履い上ってくる。靴も溶けちゃった。

ぴちゃ……。天井から、この部屋全体に充満している甘い空気の元となっているようである、甘ったるい液体が、俺の頬に落ちた。
気持ちが悪い……屈辱極まる。
この生物は、何なんだ?俺を、捕食しようとしているのか?だとしたら、この液体はきっとやばい。空気に含まれているのを吸っただけで、こんなにも、目の前がふわふわして、頭がくらくらする……。


指先から肩口、足のつま先から内股を、がんじがらめにされた俺は、身を捩るだけで、もう何も敵わない。声も出せない。そもそも、この肉の部屋に、出口らしきものは見当たらなかった。
身を溶かされ、あの花の、栄養にでもされて俺は終わるのか……何とか母体を攻撃できないか、天井付近の花の咲いていた部分に目をやって、その時……。



「あっ……!」

違う。この、植物なのか?動物なのか……?この生命体の目的は、俺を捕食することではない。母体の触手の束の中に……ヒトの、生殖器に酷似したモノが、先端からぽたぽたと白濁とした液体を零しながら、鎌首を擡げていた。



俺の運命は、絶望だ。




「はぁ……んっ……ん……」
身体中に、ぬめぬめと生暖かく甘い粘液を塗りたくられながら、俺はまだ少し抵抗を続けていた。
服は溶かされてしまい所々にボロ布となり引っ掛かっているだけで、剥き出しになった背筋を、上からツーッと触手の先端でなぞられ、身体が容赦なくビクッと跳ねる。
そのままその先端は、谷間の窄まりをにちゃにちゃと弄び、甘い粘液を塗り込めてきた。

瞬間、身体の芯が、カッと熱くなる……粘膜に直接、塗られたそれは、恐らく俺を麻痺させる、媚薬のようなもの。
縛り上げられて動けない俺の目の前に、数本の触手が集まり、顔を液体で汚したり、首筋から耳を撫でたり、好き勝手にしている。
その中の一本が……ずっと、唇に、触れては、離れ、また触れては、右から左になぞるように、まるでキスの誘惑を繰り返していた。
「んぅ……」
甘い匂いで、くらくら……。
天井からも、ぽたぽたと液体が垂れ落ちる。この液体は、半透明の母体の内部に沢山溜まっている。飲まされるとヤバイ気がする。

だけど……なんだか、こうして、身体の隅々まで、生暖かい触手に愛撫されていると、まるで……抱き締められているような……本当に、まるで愛されている、錯覚がしてくる……。キス……したいよぉ……。もう、グチャグチャにされてもイイ……。
「あっ……ぁ……んぐっ……!」
あーあ。お口を、許してしまった。トロトロ濃くて甘くて、口の中を擦られる度に、頭が痺れて……。
腕を頭上に、脚もそれぞれ拘束されたまま、触手の内の一本を、口で奉仕させられる。
「んちゅっ……ん……」
俺は……異常な事態と、危険な心地よさや、自己破壊願望にも似た何かに、頭も働かず、もう、俺が誰だったのかも、分からなくなっていた。

喉奥まで、首も固定された状態で、抜き差しを繰り返される。
「ん……んっ……」
なんか……気持ち良くて、気持ち良すぎて、口を犯されることに興奮を憶えた俺は、舌を絡めて、奉仕を仕返した。

口の中で、さっきまで柔らかく口内を撫でていた触手が、硬く、太く変化してきている。あぁ。早く飲ませて。このまま、甘く、俺を満たして。
乳白色の触手の中を、トロトロと液体が流れてくるのが、半透明に見て取れた。
「んんっ……ごくっ……こく……んっ……」
喉奥に流し込まれ、溢さず、全て飲み干した。シロップのように、甘美な味だった。頭が……ほわほわするよ……。ゆるふわな感覚。



瞬間、背中からお尻を弄んでいた触手が、頭をうにうにと動かして中へと潜り込もうとする。
「あっ……!ぁ……んくっ……!」
入口をくにくにと解されて、甘いシロップを塗り込めながら、触手がずるりと中まで入ってきた。
浅く出し入れを繰り返されて、触手の纏う粘液がぬちゃぬちゃと音を立てる。

それと同時に、先ほど汚された口を、今度は……生殖器の形の、少し大きな触手が狙ってきた。
「あっ……あん……っ!ん……はぁ……っ!」
腸内への直接の刺激に、嬌声が抑えきれない。そのまま、その大きな花の生殖器を、またしても口に迎え入れてしまった。
「ん……っ!んん……んぐっ……」
さっきの比ではない程の、甘く濃い香りが立ち込める。その他の触手も一斉に集まってきて、先端で、俺の感じる部分を余すところなく捕えた。

首筋に、乳首や、腹、内股、足の指先に於いてまで、沢山の触手が、代わる代わる白濁液の射精を繰り返す。

口に抽挿を繰り返していた生殖器が、一際大きく硬くなり、今度は、より粘度の高く、はちみつのように甘美でトロリとしたものを大量に吐き出した。
「こくっ……ん……んっ……けほっ、んっ……!」
口に入りきらなかった蜜が、顔に掛けられ、重力に従いドロリと輪郭に沿って垂れ落ちた。


今度は、これを、中に……。



もう、俺は、俺が誰だかも分からない。
こんな目に遭っているくらいなのだから、それはもう、余程の悪事でも犯したのであろう。

最も今は、肉体の快楽に目が眩んで、これも悪くないかなどと思い始めている。
腕を上に縛り上げていた触手たちは、首や胴体、足の関節などにくにゅくにゅと巻き付き、一斉に俺を、母体の花の前に、脚を肩幅に開いて宙吊りにした。
今しがた、口内に、恐らく精液であろう液体を流し込んだ生殖器が、俺の頬に、スリスリと近寄ってきた。


「お前……寂しいの?なんか、ひんやりしている」


なんだか急に、涙が、止まらなくなった。この花の化物と心中することが、俺の運命であったかのようにしっくりと来た。

「イイよ……中に出せよ」
どうせ、身動き一つ取れない。身体を抱く触手は皆、生温かく、ぬるぬると愛撫されると、やはり愛されているかのようだった。中心に、生殖器のあたまの部分が、ぬるり……と、触れた。
「あぁ……っ!!あ……んっ……」
脚の間を、後ろから、性器の裏側に渡って、おあつらえ向きにブラシのような形状の、胴体部分で擦り上げられる。甘い甘い、香り。徹底的に発情させてから、種を付けるつもりか。
「あっ……や……きもちぃ……焦らさないで……」


その時。頭の中に、聴き覚えのある……音楽が流れ出した。
これは……パレード……俺の……戴冠式の、パレードの、爆音のミュージック!


そうだ……俺は、王子。全てを持って生まれ、また、全てを持たない王子。
パピーとマミーは、確かに俺を愛さなかった。あの戴冠式の日、俺は、3才にして初めて、暖かい服を着た。
そうだ。全てに捨てられた……宇宙のうさぎ。

「あっ……あ、ああぁ……!!」

薄らと……戴冠式の記憶が頭を過ぎったが、瞬間、生殖器が挿入を開始した!拡げられたそこに、頭がチカチカして……何も、考えられない!
「あっ、あ、あんっ……ああぁ……っ!」
ブラシの形状部分が、ぬちゃぬちゃと粘液に塗れ、派手な音を立てながら、出し入れを繰り返される。だめだ……この、甘い快楽に、打ち勝つことが出来ない。


もう、寂しくてひんやりなんて、嫌だ。触手生物の苗床になって、愛されて生きるほうが良いとすら思う。中の壁を、いろんな方向に、舐め回すように弄ばれ、人外にしか与えられない快楽に、俺は涙を流す。



だけど……真っ白になりかかった頭に、また、パレードの様子が浮かぶ。
もういいよ、パレードは。そんな、人生最高で、同時に、最高に寂しかった日のことなんて。



けれど、俺は……見た。記憶の中のパレードに……列席した国民たちに混じって……あれは……。みずいろばかりの群衆の中で目立った、あの、白に、ピンクの、変な、ぶち模様。あれは……。

「ケ……ン……!」

あれは……ケン!
そうだ……あの、最高に冷たくてひんやりした日……ケンは、確かに、そこにいたんだ。
そして……俺たちは、たった一日の『お友達』になって、旅をして……『夢』で……ケンは俺を、抱いてくれた……。


「や……やめ……やめ……ろ……!」
もがいても、せいぜい身体をくねらせるだけで、拘束も、射精の為の抽挿も、止まない。母体から、生殖器に繋がる胴体に、大量の粘液が送られてくるのが、見て取れる。

助けて、ケン。あらゆる意味で、俺を、助けてくれ!


「あっ……あああああぁ……っ!あんっ……ん……」
中に、打ち付けるような勢いで射精され、ドクンドクンと生殖器が脈打つ。人外のそれは、とめどなく流し込むことを続け、谷間から、入りきらなかったものが、溢れ落ちる。下等生物に種付けをされ、尊厳も失った俺は……どうなって、しまうんだろう……ケンに、もう会えないの?
「嫌だ……嫌だよ……ケンん……」

涙が、ぽろぽろ落ちて、止まらなかった。顔を汚していた触手が、涙を拭ったが、そこに意味など無かった。





「……本当に、何があったか、覚えていないのですか? りのんちゃん……。言いたくない内容かもしれませんが、れのの躾不足は、ピコさんに正しく報告してと言われていて、です……」
「うん。本当に何も覚えてないんだぜ? ケン、しつこいぞ? 」


俺が、れのの催眠術を喰らった後、ちょうど、ものの五分程でケンが合流したらしく……俺は、泡を吹いて倒れているところをケンに助けられたそうだ。実に、技を喰らっていたのは、現実時間で3分程度だった。

俺は、催眠に掛かった時の出来事を、すっかり忘れてしまった。嘘じゃない。ケンに、術から叩き起された時は、薄らと覚えていた片鱗があったが……それがどういうものだったのか、今はどうしても思い出せない。れのの掛けた催眠術が、『俺の思う、最悪の目に遭う』という趣旨だった為、れのも、俺が催眠下で何を見たのか、分からないということだった。
犬のケンは、呑気な顔でこう続けた。
「りのんちゃん……れのは、ご主人様であるピコさんの元へ、連行されました。安心してくださいねっ☆ それにしても、りのんちゃんを、まさか催眠術に掛けるなんて、れのは、さながら同人漫画もビックリの悪役・悪鬼羅刹ですね……って、イタッ! 」
「うるせーぞ。催眠術は、使う方にも、都合があんの」
ウザくなってデコピンしたら、ケンは納得行かなそうに言った。
「え〜? れのがそんなに酷いことしたのに、庇うのですか? 大丈夫ですか? 」


「大丈夫、とはなんだ?そもそも、お前がちっとも帰って来ないから、れのが追い詰められて、そんな行動を起こしたんじゃないか!つまりは、お前が悪いぞ! 」
ケンは、一瞬、呆れた顔をしていたが、何やら、すぐにニコニコになった。

「そうですね。りのんちゃんは、れのが大好きですからね」

「そうだよ〜れのは、可愛いからな! お前と違って、雑種の犬じゃないし……」
いつものようにそうからかったら、怒るかと思ったけど、ケンはずっとニコニコだった。
「はい。そうですね。それより、私はりのんちゃんとれのに、謝らなければなりません。こんなにも長い間、席を外してしまいまして……」

「そうだぞ! せめて、連絡の返事くらいしろよ! それと、セクシー立体動画をなぜ既読スルーした? 」
「そうですね。ソー・キュート、ソー・セクシーでした。スルーしたけど、保存はしましたよ。さてさて……このお話は、次の『回』へ続きます♪」
「??」


催眠術に掛かっていた時のこと、本当に何も思い出せない。

『夢』は『ほんとう』だけど、催眠下で起きたことは、『ほんとう』ではない。ピンクのうさぎの子が、プリンセスになってくれたことも、あれは、無かったことと同じだ。

ただ……幼い頃に、本当に悲しかった……という記憶と、紐付いているのであろうことは、その時に心に満ちたひんやりとした感触で、何となく理解できた。



そして……俺の、人生最高であり最悪でもある、あのパレードに、温かく存在してくれたのは、パピーでもマミーでもなく、ケンだけだ。
ケン、ずっと一緒に居たいよ。
ケンのお餅みたいな手を握ったら、情けないけど、また涙がぽろぽろと零れてきて……ケンは、その夜、ずっと黙ったまま俺を抱き締めてくれていた。





《つづく》