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   本 編

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『真っ白でちょっとフンワリ、とてもかわいい色』の回



古い、古い、記憶。
小さいうさぎの俺はとっても寒くって、自分勝手に降り積もるしぐれみたいな雪が、容赦なく体にぶつかり、つま先も冷やした。

どうして?

去年のパレェドは、あんなに温かだったのに……。
観客たちの降る碧いライトが、ピカピカ、きらきら、眩しくて綺麗だったのに。


 
「りのんちゃん……、りのんちゃん」

優しい声……誰? 目を覚ますと、見慣れた、人の姿のケンの顔が、そこにあった。

「どうですか? 私のイマジネーションで作った、『冬』の世界ですよ〜」
ここは……『夢』の中か。コールドスリープは、無事成功の模様。ゆっくりと体を起こすと、今日の『夢』は、真っ白の雪にくるまれた世界。近くに、地球の日本家屋と、古めかしい庭。
「私、ずっと関東に住んでるので。雪って粉雪くらいしか経験無いんですけど〜、思い出したんです。六才の時に……父方の祖父のほうの、雪深い地域に行って、雪を体験していたことを!」


凄い……。真っ白のマシュマロのような雪が、フワフワとしている! モコモコと、地面や木々、屋根に、積もっている……!
あんなに、憎らしかった、俺を困らせたベチャベチャの汚れた雪じゃない。これは……雪うさぎを、作れる雪だ!

「ワ〜ッ!」

「えっっ? なんですか? 急に走ると、転び……あっ!」

一面の雪景色に、大声を上げて走り出した俺を、ケンは止めたけど、もー遅かった。
「アハハ! 雪で、痛くない!」
「いや、痛いは痛いですよ! 大丈夫? りのんちゃん」

駆け寄って、すっ転んだ俺の横にしゃがみこむ。雪を踏む、キュッキュッっていう音がした。こんな心地良い音もするんだ。


俺の『夢』の世界っていうのは、入る人物のイメージによって、背景……というか、世界や建物を、好きに変えることが出来る。
ケンが、雪景色をイメージ出来るというので、ケンのイマジネーションで、『冬』を作って貰ったが……。


俺の服はどうしたらいいのか、よく分からなくて、恐らく雪でも大丈夫そうな暖かそうなモコモコとした上着に、靴は、そうは言っても殺傷力が必要だから、いつもとあまり変わらないヒールのブーツにしたけど、転んじゃった。
ケンは……なんか、一番上に、地球人のイメージするところの宇宙のモチーフっぽい、変な柄の入った、よく分からない地球の日本の装束を着ている。

「それより、その服は、なに?」
「この上着ですか? 珍しいですか? これは、どてらですよ。服の中に綿が入ってて、着てるととっても温かいんです♪」
「そうか。どれ?」

ケンにバフって抱きついて、上着の中に腕を入れて背中に手を回すと、相変わらず引く程痩せていて、抱き心地にビビったが、服の中が……とっても温かかった。

「わぁっ……。そういうことします?」

服に顔を埋めたままケンの顔を見上げると、なんかアワアワ。変なやつ。


「ケン。雪うさぎを作ろう。俺は、うさぎなのに、雪うさぎも作ったことがなかったんだ! 」



日本家屋は、ケンの祖父の家を少し模しているようだ。平屋というのか、一軒家。
前に、ここによく似た縁側という所で、れのと三人でえっちなことになったことが無かったっけ。


あれは、ケンの生まれたという、春の……『桜』の季節の、少し手前だった。

ケンはその年の誕生日に、『成人』したらしい。俺の星には、そういう概念がないので、よく分からないというのが感想。
でも、大人になった〜と言って、ケンもれのも喜んでいた。そんな、時の経過で大人になれれば、苦労はない。

けれど……『桜』は、成る程、筆舌に尽くしがたく、美しかった。
ケンの、いつも『夢』の中で着ているブカブカの上着に描いてある花びらと同じ形状だった。「これが、それか……。」と、妙に納得した。


ハラハラと舞う、そのホワホワと淡い花びらは……俺も、ケンも、れのも、埋め尽くしてしまいそうだった。
桜の樹の下に立って、舞い散る桜吹雪を浴びる痩せっぽちなケンは、いつもの薄ら笑いを浮かべていて……けどどことなく、そのまま……まだ冷たい風の中に、掻き消えてしまいそうだった。それをそのまま口で言ったら、「そういう時はね、『お前が桜に攫われそうだ……。』っていう常套句があるんですよ☆ 言ってみますか?」と、心底嬉しそうにニコーッと笑ったので、意味は分からないがムカついたので無視。
「ケンは図太くて、そんな儚い存在じゃないの〜。どちらかと言うと、れののような、線の細い娘が言われるべきね」
れのも、ニコニコとして……三人で笑った。



 
雪うさぎは、すぐに出来た! ここの雪は、柔らかくて、よく固まる雪。


我ながら、かわいく決まったぜ? ケンも、『雪いぬ』を作った。

「耳に使う笹が、まるでうさぎのようだから、雪うさぎなんじゃないのか。それと、南天の実が、紅い目のようだからであって……『雪いぬ』なんて、聴いたことがない」
「なんの、『雪いぬ』もなかなか、かわいいですよ。せっかく作りっこしたので、お皿の位置を交換しましょう」
「これじゃ、俺が『雪いぬ』を作ったみたいじゃないか? ばか! やめろ!」


縁側で、ゴチャゴチャとやっていたら、手袋をした指先同士が、ぶつかった。はた、と、目が合った。


その時……俺は、思い出したんだ。古い、古い、記憶。


「ケン……お前は確か、六才の時に……この家のモデルとなった、祖父の家で、雪と出会った……と言ったな? 」
「そうですね。祖父は優しくて、その後、他界したので残念でしたが……」
そうじゃない。今は、お前の思い出話を聴くのは、後回しだ。

「……お前は、『五才の時に、あなたのパレェドを夢で見ました』と言ったな?」
「そうですよ。きっと絶対に死ぬまで、死んでも、そのこと忘れません。あなたの夢のパレェドを、私は五才の時に見ました。何度でもお伝えします。
それはこの世のものと思えない美しさで、きっと私は魅了されてしまったのでしょう。後の人生、もうどうなっても良いとすら思いました。て言うか、今も思っています」
「あれは、俺の三才のお祝いだ。そして……俺には」
「りのんちゃん……?」
俯いて、ケンの瞳を見ることも出来ず……まぬけな『雪いぬ』に、俺の涙が、ぽと、と落ちた。
「その後の記憶、あんま、無い」



古い記憶の……俺は、つまり四才。家……っていうか、お城から、どーやって出たのか、分かんない。

ベチャベチャの雪がグレーの空から垂れてくる中、雪と混じって泣きながら、俺は冷たい風の吹き荒ぶ険しい道を歩いてた。
その前、その後、なにがあってそうなったのか、もう思い出せなくなっていた。

あの……記憶。雪の記憶。あの時、俺は、ひとりぼっちだった。

ずーっと、一人だったことには、変わりない。しかし、その記憶と、現実は、余りにも、鮮明で、残酷で……。
「ケンは、優しいおじいさんと、こんな、雪うさぎを作れる楽しい雪で、遊んでいたのか。俺が……俺が、自分の惑星で……とても……とてもつらい、思いを、その時……していたのに」
なに、言ってるか、自分で分かんない。混乱した。だけど、言葉の棘も、涙も、止まらない。
「ケンは、楽しく遊んでたのか。俺を、助けに、来てくれもせずに……!」
「りのんちゃん……」


ケンは、見て取れる程、狼狽していた。当たり前だ。
こんなことって、言い掛かり。六才の犬のケンが、雪を超えて、星を超えて、俺を助けに来られる訳がない。
「ケン! ケンの、ばか! ケン! なんでも、言うこと聴くと、仰せのままにと、言った筈なのに? 違うのか?」
どてら、の、衿口を掴んで、ケンを揺すぶった。自分が自分の言うことを聴かないもので、涙の粒がぽろぽろ、ぽろぽろ、もう誰にも止められない。

無遠慮に動いたので、『雪いぬ』の乗った皿が、縁石に落ちてカランと音を立てた。
あー。『雪いぬ』は、死んでしまったか?


「ごめんなさい……。私は、あなたを、傷付けたのですね」

眉根を寄せて、申し訳なさそうな表情をした。ケン、謝るな。滅茶苦茶を言っているのは、俺だ。
「幼いあなたが、とても辛い思いをしている時に……、私は、呑気に雪遊びに興じていたのですね。申し訳ないこと、この上ない。直ぐに、助けに行けば良かったです」

ケンは、どてら、を、脱いで、俺を包むようにくるんだ。それはケンの、体温が移っていて、とても、温かい……。
やばい。また、涙が……手の甲で拭おうとすると、ケンに手を取られて制止された。
目の端の涙を、指先で掬い取られる。

「私は、あなたの惑星のパレェドに、どうしてか分かりませんが、参加できました。と言うことは、なにかの方法で、あなたに会いに……行ったということです。それを、次の年に、怠る理由は私にはありません。りのんちゃん……ごめんなさい」
至って真面目な顔して、ケンは言った。



「その時のあなたを……今から助けます」



オデコ同士をくっつけて、ケンは静かに目を閉じた。ひゅっ、て、周りの音が、消えたような感覚。
「りのんちゃん。寒いですか?痛いところは、ありませんか? 」
「……寒い……靴が、ビタビタになって、かじかんで、つま先が痛い……」
あの、雪の時のことが、鮮明に思い起こされる……つらい。しんどい。嫌だ! でも、ケンの触れているオデコが、熱い。
「ケンですよ。あなたの……犬のケンです。私の出来る限りで……あなたを、そこから、救いましょう」
ぐい、と、腕を引っ張られ、引き寄せられて、抱き竦められた。強い……強い力。ぎゅっと、抱き締められる。

ケンの、白いシャツが、寒そうで心許ない。足元から覗いた細い素足が、冷たい風に晒されていた。
けれど……その薄い口唇から紡ぎ出される言葉は、強い、強いものだった。


「りのんちゃん。冷たかったですよね。もう、大丈夫ですよ。ここに……ずっと、おりますので。あなたは……あの運命の日から私とずっと一緒です。違いますか?」


お城の周りを、びしょびしょになりながら、そう、泣きながら……彷徨いていた、俺の、訳の分からない記憶の中に……ケンの姿が、現れた。
犬のケンは、ぜんぜん頼り甲斐のなさそうな見た目をして……でも、俺に駆け寄って、冷え切った俺の身体を、雪ごと、抱き締めた。


これは……幻か?

いや、錯覚だ。錯覚ですらない。ただの、記憶の上書きだ。



だけど……。身体の芯が、温かい。冷えて感覚の無くなったような指先が……徐々に、動きを取り戻す。
「……ケン……もっと、ぎゅって、しろよ……」
「はい」
ケンの頼りなく痩せっぽちな身体と、肩の上から掛けられた、どてら、の、熱が、ふんわりと包み込んで……まるで、これは、パレェドの日の、暖かいあの服。

いや……、その時よりも、もっと、もっと、ずっと温かい。俺の、感じたことのない、熱。


気付けば、頬を濡らす涙は、俺の悲しみや怒りよりも、ずっと癒された、清いものに、変わっていた。
「ケン。お前は、俺と初めて会った時から……ずっと、傍に居てくれたんだな?」
「……そうですよ。離れたことは、ありませんでしたね」
ケンの顔を見たくて向き直ると、見たことない……顔してた。ふざけてなかった。ヘラヘラ、ふにゃふにゃしていなかった。


真剣な面持ちの金色の瞳が俺を射抜いて、それは、まるで差し込む強い光。
「……ありがとう……」
「お礼を言うことではありません。私が、あなたをとても好きで、そうしたのですから。ずっと、一緒ですよ。片時も、離れることなく」


縁側の下に目をやると、『雪いぬ』は、落っこちてたけど、死んでいなかった。

そうだ。俺は、遂に、雪うさぎを作った。ケンも、笑ってた。
あの四才の、暗くひんやりとした重たい雪の日は……俺の心から、生涯、無かったことにはならない。けれどあの時も、ケンと居たと感じて……もう、怖くない!

これは、光だ。
俺という、今は王子様でなく、惑星の住民でもなく、かろうじてうさぎではある、それだけの存在に、きらきらと零れて降ってくる、無数の光。


「……凄い星だ。星と……雪」
気付けば、『夢』の世界は、夜になっていた。

見たことないよな、満天の、ピカピカの星たち! それぞれが眩い光を放ち、互いに反射して、黒いヴェールのような空に、小さな宝石を沢山ばら撒いたみたい。 そこにホワホワの、マシュマロ色の雪が、はらはらと静かに舞って、静かに落ちては儚く消える。
地球に落っこちてから見つけた、マシュマロの色。真っ白でちょっとフンワリ、とてもかわいい色。
ケンの髪や、俺のりぼんのカチューシャに、雪がチラチラと薄く積もっていた。

俺は、ケンの変な色の髪に手を伸ばして、細かい雪を払ってやった。
「ケン。風邪引くぞ」
ケンは、ふにゃって、いつもの顔に戻ってた。さっきは……とても嬉しかったけど、やっぱりこの間抜け面でないと、俺には……これが一番、嬉しいから。

「お家の中に、入りましょう。暖かいですよ。雪うさぎと『雪いぬ』は、縁側に居てもらいましょうね。りのんちゃんと過ごすのには、ちょっと、おじゃまなので」
「そんなことって、あるか?」


二人で、笑った。


もう、怖くない。冷たくもない。ひんやりしない。雪は、キラキラとしてフワフワとして、俺の大好きな、ハート型のマシュマロに似ていた。きっと、あの時から、そうだった。




「靴を履いていないと、心許ない……」
「だからと言って、寝ている時までブーツを履いていることはないでしょう。窮屈で、眠れないではないですか」
「輩が、襲って来たら、どうやって応対する? 地球人は、お前に限らず呑気だな〜」

行灯……という照明器具の、灯りは、柔らかかった。ぼんやり……と、この、和室という部屋を照らしている。

夜の帳の下りた障子の外は、しん……と、静かだ。まだ、粉雪がチラチラと舞っているようで、ここでこうしていれば、また明日、雪うさぎを作れる位に薄く積もりそうだ。
畳という、地球の日本独特の敷物の上に、直に布団を敷いて、そこへ横になっている。ベッドではないので、慣れないな。


『夢』の中も、朝になったり夜になったりする。今日からここで、二ヵ月を暮らす。ちなみに、『夢』の中で更に眠っても、死んだりはしない。時間が経過するだけ。
それで、布団を二つ敷いたが、俺の布団にケンが入ってきてしまったので、一緒に寝てる。寝る時の服はケンが、浴衣というラフな着物の上に、防寒用の羽織を用意してくれた。

「そうやっていつでも、気を張っているのですから。今夜から、この『夢』は、私とあなただけ……特別な、鍵を掛けて……そうでしょう?」
「ああ……」
そう思うと、なんか、どうして良いか、分かんない。れのが、もし居たら、いつも賑やかだけど。
雪の夜って、雪のない日よりも、空気の静けさが重たい。

ケンと、文字通り、二人っきりになっちゃった。



何となく、ケンに背を向ける形で横たわっていたけど……布団の中で、後ろから、首に腕を回されて、きゅっと抱き締められた。

折れそうな腕。だからって、女に見えるとかいうことは全くないけど、余りにも痩せっぽちで、骨みたいな体。

でも……伝わる体温が、熱い。
俺は、宇宙から来た時、地球人は俺なんかより体温が随分高く、恒常的に身体が温かいということを、知らなかった。

ケンは、初めて俺を抱いた時、俺のひんやりした体を、どう感じたのだろう。それを聴いたことはない。
けど、二回目以降があったということは、もしかしたら逆に、気に入ったのかもしれない。
後ろから突然、耳を食まれる。
「ン……」
「くっついてると、あったかいですね……私の、だいすきなあなた。……触れても?」
耳元で、つぶやくように囁かれる。声が脳に来て、もう、体の芯が少し熱を持つ。

いつも、ケンに、好きにやってもらう。俺からは、何にも、しない。反応もしない。ケンが「私が、愛したいのです」と言うので、そういう風に、してきた。
でも、今日は……この胸に、こみ上げる気持ちを、抑えることが出来ない。


俺はケンの方へ向き直って、頬を掌で挟んで噛み付くようにキスをした。
「んっ……」
ケンは露骨に驚いて、一瞬、口唇を離しかけたが、頭を捕まえて、俺が離さなかった。
一方的に舌を絡ませる。少し躊躇が見られたが、すぐに呼応してキスを返してくれた。熱い感触……上顎の内側を、舌先で擦ってくれて、頭がくらくらする。キス、気持ちいい。
今迄、俺からキスしたことなんて、一度もなかった。飽きもせずいつもケンから、優しいキスをくれた。それはゴメン。でも、もう謝らない。今日は、俺が好きなようにする。

「……りのんちゃん……、どうし……」
「黙れ。今日は俺も、いろいろする」
困惑のケンを無視し、耳にキスをして、そのまま耳朶を噛む。
「……かしこまりましたよ。私の王子様。でも、無理をしないでいいですからね……」

優しく諭してくれたけど、そう言ったケンの瞳は、確かに、欲情に濡れていた。俺の、ケンの好きな顔のひとつ。
何度も、キスして……絡めた舌を軽く噛まれると、甘い疼きが、堰を切ったように体を支配する。
星は、雪は、俺たちを見ているのだろうか? この二人だけの甘い蜜のような空間が、切り取られたように深まる。
キスは、いつものキスより激しくて、甘美な味を持っていた。触れ合う度に生まれる水音が、仄暗く静まり返った部屋に響いた。


どうしよ。ケンのことが、好き。
 
さっきから腿に触れていた、硬く勃ち上がったそれに、指先を這わせた。
「えっ……ちょ、悪戯しないでください?」
ケンはとっても困ったように言ったけど、今日のこれは悪戯じゃない。

「俺がしてやるよ」
「……そうですか? でも、出来ないでしょ? りのんちゃん……」
「出来ないってなんだ? 馬鹿にしてるのか? お前がいつも俺にするように、やれば良いだけだろう」

それに……敢えて言わなかったが、ケンには一度もやってないけど、れのにはしてあげたこと何回もあるし……。
「猫がペロペロしてるみたいにしても、イケないの〜困惑だけなの〜りのんちゃん、ド下手くそなの〜」とも、何度も言われているが……。


ケンの上に伸し掛かって、細い首筋に、耳元まで舐め上げるように舌を這わせて、指先をゆるゆると上下する。
「……あっ……! ちょっ、りのんちゃん……サービス過剰……」
「黙れ。今日は俺のやりたいようにやる」
八の字眉になってるケンの口唇を、またキスで塞いで、ケンの舌を甘く噛む。
「ふっ……」
感じる吐息が熱くなる。そうそう。いつものように、俺の言うことを、ただ聴いていれば良い。ケンは、俺だけの奴隷であり、支配下であり、もののついでに、彼氏。
頬から、胸元まで、空いてるほうの指を滑らす。可哀想になるくらい、痩せっぽちな体躯。ケンって、こんなんだったっけ。改めて、何度も抱かれた筈の体を感じる。あばら骨が薄ら浮いてて、それは痛々しいようで、確かにケンらしくあった。
俺は被ったままだった掛け布団を乱暴に隣へよけて、上に馬乗りになる。


「りのんちゃん、私……んっ」

人差し指で、なにか言いかけた口を封じて、今まで指の腹で擦っていたそれに、キス。ここに居ない筈の、れのが、「ド下手くそなの〜」と脳内に囁く。
けど、俺の頭の中は、もうそんなの聴いてらんない。この恋が、止まんない。さっきまで、雪にくるまれて凛とした空気だったこの部屋に、俺の気持ちが炸裂した。
「……ちゅ……んっ……」
舌を出して……そのものを口内に迎え入れる。……熱い……脈打つそのものが、「サービス過剰」とか言ってたケンの、剥き出しの欲望を確かに表していた。
猫みたいにペロペロ、舐めないこと。
ケンが、いつも、俺にしてくれるみたいに……。


喉奥まで呑み込んで、喉を使って、吸い上げる。

「……けほっ! ……うぇ」

一回、むせた。味も慣れない。でも、決めたからやめない。
「だから、言ってるのに……りのんちゃん、もうイイ……んっ……」
うるさい、うるさい。上目で、睨みつけて、続ける。ケンの息遣いが、熱を持って激しくなっていく。そうだよ、ケン、躊躇しないで。抵抗しないで。このまま俺の、情欲に体ごと、心ごと、呑み込まれて。

二人きりの部屋に、水気を含んだ厭らしい音。徐々にストロークを早くすると、ケンの体が、微かにビクンと跳ねた。
「ちょっ……放し……放、んっ……!」
 喉奥に、苦みばしったような白濁が、叩き付けられる。
「……ゲホッ!んっ……んんん……っ!」
ちょっと待て。飲み込めない。どうして皆、出来る? 俺は、咳き込んで、出されたそれを浴衣のはだけたケンの腹に吐いた。

「……はぁっ……ケン、どう? 参ったか?」
口元を拭って、もう一度馬乗りになり、ケンを見下ろした。
「……そうですね。……参りました……」

なんか、見たことない顔してるな。ざまぁみろ。

肩で息をしているケンは、目を閉じて大きく息を吐いた。
「……ぶっちゃけ……驚きました。あなたが、こんなことをするとは……」
「有難く思えよ。もう、二回は、やらないから」
「はい。無理をしないで下さい……けど、ピュアに嬉しかったです。このこと、一生、忘れないでしょう。それでは……お返し、しないとですね」


 
いつの間にか、天地がひっくり返って、敷布団に組み敷かれていた。
えっ。なにがどうして、こうなった? いつ、この体勢になったんだろ? ケンは体重を掛けてこないけど、なのにぜんぜん動けない。


「りのんちゃん。すぺしゃるテクニックをありがとうございます。けど、私は、私があなたを愛すると決めました。それはもう、途方も無い過去から」
ケンの獣みたいな色の瞳に、殊更に、欲情の焔が燃える。

一瞬、怖い。

でも、大丈夫。泣いている俺を、止めてくれるのは、いつもケン。いつ、涙が零れても、その口唇で飲み干して。



「幾度、愛しても……愛し足りないんです。全て、触れさせて下さい」
そう、うわ言のように呟くと、俺の、靴を履いていない脚を抱え上げ、つー……っと、つま先から太股の内側まで、指を滑らす。

「……ひゃあっ……?」

……ヤバい声出ちゃった。剥き出しの素足になることなんて、『夢』の中に居てすら、セックスをしている時すら、殆どないから、当然のように、誰にも触れられたことがない。
「良いですね……かわいいですよ。ゾクゾクします。もっと……淫らに堕ちて」
俺の足を手に取って、頬を寄せ甲に優しいキスをされる。そして……。
「あっ……、ちょ、ケン、や、やめ……やめて……ぁ……」
右足の親指を食まれて、そのまま、口内へ導かれ、口内に溜めた唾液で舐めしゃぶられる。
「あっ……ぁあ〜……! や、ケン、やめ……」
つま先の濡れた感覚から、稲妻みたいに、背筋を、全身を、快楽が駆け上がる。
「んっ……んん〜! やっ、やだって、や……」
訳が分からない。とにかく顔を見られたくなくて、枕を抱いて目をぎゅっと瞑った。ぺちゃ、ぺろ……という大袈裟な音をわざと立てて、指先の一本、一本を濃密に、また、その指の付け根にも、熱い舌が這う。
「あぁ……ぁ……」


なにこれ? 頭が、くらくらするよ。その背徳的な感触に、溶かされ、脳内で、体で、俺のなにかが緩くほどけてく。
甘美な……疼きに、もう、嬌声すらもなく。ケンが、そうして弄ぶ度、甘い溜息を吐くことしか出来ない。

決して、何かを強く激しく突き動かされている訳ではないのに……その、ひたすらにぬらぬらとした甘い感触に、俺は、虜になった。
「……ケンん……」
だめだ。気持ちいい……。俺の体はわななき、言葉は全て失い、開きっぱなしの口元から無様に俺は涎を垂らした。

「あらら。ちょっぴり、やりすぎましたか? でも、こういうのも、好いでしょう? また、してあげますからね。何度、夜を迎えても……」

ケンは、いつものように目を細めて、嬉しそうに笑った。俺の脳内はどろどろで、反論など当然浮かばなければ、肩で息をするしか出来ない。


「けど……私も、火が着いちゃいました。そんなお顔を見せられたら、仕方ないですよね」


枕を乱暴に剥がれて、また、さして強い訳でもない力で、布団に縫い止められる。
元々、抵抗を失った俺は、「この感覚に、癖になってしまったら、どうしよう」等と、頭に思い浮かべていた。

「ちょっと、性急かもしれません。でも、先程からのサービスで、私にも、制御不能なんです。今夜だけは……マシュマロの雪に免じて、許してくださいね」
そう言うと、ケンの細く骨ばった指が、俺の中へ入ってきた。……えっ?

「……あっ……!」

「痛みは……ないでしょう? そのように、しておきましたので。ごめんなさい。……気持ちが、募って」
中で、ケンの指の腹が、当たり前みたいに、俺の内側を擦り上げる。
「や……ぁっ……! 待っ……あぁっ……!」
いきなり、刺激つよすぎ……俺は、瞬く間に、また訳分かんなくなっちゃって、ケンの肩越しに、天井がぐるぐる回りそう。
中の一番、弱いとこ、人差し指と中指で、とんとん、ってされて、女の子みたいな声が出た。

「ひぁっ……!」
「どうしたんですか? 今日は、声もい〜っぱい、聴かせてくれるんですね。いつもは、鳴かないのに。好きですよ。もっと……愛したい」

そして、中をぐりぐりと抉られたまま、お腹の上を、手のひらで、撫でて……。
「あっ……あ、あああっ……! あ……っ!」
「これ? 気持ちいいです? お腹、ナデナデするの。好きですか?」

やばい……やばいやばい! なんだ? これ! ケンの温かい手のひらで、中からも外側からも弱いとこ責められて、目の前に、星がチカチカ、瞬く。

くらくらして、眩暈する。ケンは……意地悪に、薄く、笑ってる。どうして? 乱暴なこと、何もしてないのに、俺は、滅茶苦茶になってく!
「ケンんっ……ぁ……やばい、それ……やめて……」
「はい。あなたの『やめて』は、『好い』ですからね。やめません」
「……うっ……だ、だめ……ぁ」
「随分、イイ声を聴かせてくれるんですね……。れのが居ないからでしょうか? では、れのを、『夢』から、このまま永久に、叩き出してしまいましょうか。そして、私とあなたは、美しい細雪に閉じ込められたまま、ここで繋がり続けるのです」
「あっ……ああっ……ちょっ……で、出ちゃうから、も……離して、だめ」

頭がフワフワの空っぽになって、ケンやれのより冷たい筈の俺の体が、熱く燃える。心臓がドクドク、音が聴こえそう。内も外も、ケンに支配されて、俺の体が快楽にわななく。
どっちが、飼い主だ?



ケンは、はだけていた浴衣を脱いで、俺の着ているものも綺麗に取り去った。また、いつどうなったのか、分からなかった。
「……愛していますよ。あなたの……過去も、未来も……『今』も」
「あっ、あ……あああぁ……っ!」


 とろとろぐちゃぐちゃにされたそこへ、さっきまで自分で舐めしゃぶっていたそれが、宛てがわれて、そして……ゆっくりと、挿ってくる。ケンの、熱が、俺の体温には、熱すぎる……!
「……う……あっ、あ、あああぁ……!」
声が、抑えらんない。恥ずかしいっていうか……なんか癪だから、いつも、行為の時に声とか出さないが、今日は、もう、無理。熱く貫かれて、さっき散々弄ばれた脚のつま先まで、快楽が駆けた。
「……あれ、出ちゃいました?」
嘘だろ……、挿れただけで、イっちゃった。前も触ってないのに。はぁはぁ、それこそ犬みたいに、俺はまさに動物のように浅く乱れた呼吸を繰り返した。ケンの腹を汚した液を、指で掬って、ケンはペロリと舐め取った。


「……気持ち良かった?」


耳元で、そう低く囁かれる。

敬語じゃないじゃん。
そう思って、背筋に、ぞくぞく…って、次の快楽を求めて、シグナルみたいに走る。
「……うん……」

止めどなく、涙が溢れた。俺はやっぱりなにがなんだか、分からない。これはなんの、涙なんだ?

ケンに、繋がったままギュッとしがみついた。さっきもだったけど、抱き締めても腕が余る程、痩せてる。


暫く、忘れてた感覚だけど、ケンは、怖い。ケンは……いつまでも、得体が知れない。胡散臭くて、言ってることは、嘘かも……。
けど……とびっきり優しくて、甘くて、俺はいつも、ドロドロに蕩ける。
この快楽と引き換えに、なにか失ったとしたら? それも、構わない。ずっとこうして、絡み合って溶けていたい。

「泣かなくても……大丈夫ですよ。お側に、おります」

紅い舌で、目の端を伝った俺の涙を舐め取って、ケンは、体を起こして体勢を整えた。身構えるけど……遅かった。
「ああっ……!ひぁっ……ん……あ……!」
繋がった部分が、突き入れられる度、くちゅ、くちゅ、と卑猥な音を立てた。
メルトダウン、寸前。奥まで熱く愛される度、俺の心の核も揺り動かされる。


「……ケン、……すき……」


俺は、自分が自分じゃなくなっていくのを感じる。過去も、未来も、『今』も……。そう、そんなの、どうだってイイこと。
悲しいこと、寂しくて、悔しいこと、惨めだったあの時。
ひとりぼっちで、みぞれの雪の中を歩いている俺も、ケンに抱かれて自分を手放している今の俺も、そう、同じだ。
 

そう、ケンと、ずっと居る。


俺たちは……十二年前のあのキラキラ星屑の夜、光放つパレェドの中で確かに、出逢った!

冷え切っていた、俺の、感情が燃える。マシュマロの雪に包まれた、ケンの育ったというこの場所、夜。
大好きだよ。いつか、「傍におりますよ。りのんちゃんが、飽きるまで」……そう言った。
俺は、お前に飽きない。きっとずっと、毎日だって、何度も恋し続ける。お前に夢を、見続ける。俺は、『あの子の運命のひと』では、なかった。俺の、『運命のひと』は……。

「はい。いつも、あなたのお傍に……」
低く囁く言葉が胸を貫き、耳朶を甘く食まれて……終わってほしくないよ。ずっと、こうしていたい。
その吐息が荒くなり、何度も、何度も、熱いもので突き上げられる。普段は心許ないその首元に抱きついて、俺は、最後を迎える。
ケンも、俺の、奥の、奥に、熱いものを放った。俺のそこは、それを飲み干すようにひくついて、いつまでもケンを離したくなかった。




古い、蓋をしていた記憶は、今日これから、ケンと雪の運命を、共にした日となった。

寂しい日は、もう無い。ケンに手を取られながら、俺は、自らの手で、過去の俺自身を、救ってゆく。


地球の白いハートのマシュマロ、俺がケンに再会するまでの、間を繋いでいたもの。
それによく似た色の、ピュアな粉雪が、薄い層を重ねながら、星屑と俺たちを繋いで降り積もって行く。それはとても静かだけど、かすかに祝福の音がしていた。